23才の

実家では全員が早起きで、それに従っていたら午前がずいぶん長かった。その長い午前中のほとんどを、僕の賃貸よりも広いリビングで、ベランダに向いたソファーに座って過ごした。そうやって揺れるTシャツやブナの枝なんかを眺めていると憂鬱や不安なんて世界に存在しないような穏やかな気分になれた。

 

東京最後の朝は、友人の車で海岸に行った。ほとんどの人がサーフィンか犬の散歩をしていて、どちらも僕はやったことのないものだった。砂浜に寝そべったら青空以外何もなくて、このまま僕だけが夢みたいにフェードアウトしてしまいたかった。

 

札幌に戻った次の晩には、車に乗って山へ向かっていた。山頂から見下ろす木々は赤く燃えていて、それはもう下りてくるなと警告しているみたいだった。景色はたまらなく良くて、でも写真にすると山や谷の立体感、視界いっぱいに広がる迫力がすべて失われてしまうから君に伝えたい気持ちは空回りした。10時間歩いて、ちゃんと登山口に戻った。

 

23才の夏休みは終わった。僕はまだ、友人からの写真や手紙と、音楽のせいで延命し続けている。砂浜で履いていたズボンのまま布団に乗ってしまって、寝る時にまた海を思い出す感触がする。