例えばあの娘は

田渕ひさ子は僕の約1.5m前にいて、向井秀徳は僕の左斜め約2m前にいた。SEが流れた瞬間から続いていた観客の叫び声は向井の「お待たせしました、お待たせしすぎたかもしれません……さっぽろシティ!!」の挨拶で絶叫に変わった。因みに向井はこの台詞を終演までに5,6回ほど使った。

 

これ以上望めないほどNumber Girlと近かった。向井の歯の数も、肘から滴った汗も、ひさ子さんの腕の青い血管も見えた。照明で赤く透けた向井の耳の毛細血管だって見える気がした。ひさ子さんはやはり化粧はしてないみたいだが、本当に素敵だった。向井の耳は丸っこくてマウスみたいな形なのだが、ひさ子さんの耳は大きくて少し尖っている。例えるなら西洋の妖精の様なのだが、キリッとした鼻筋のせいで少し魔女のようなオーラもある。

 

そんなひさ子さんのギターの音はCDの何倍も鋭くて日本刀のようだった。Number Girlは全員音が素晴らしく格好良く、全員がオイシイフレーズを弾いて(叩いて)それが曲になっているというバンドなのだと思い知った。中尾憲太郎はメタルバンドのように頭を振っていた。Number Girlの曲はどこにキメが来るのか分かりやすい、と思う。

 

SEで既に温まっている客の熱量も良かった。待っていた時間の重みだと思う。向井がコップに入れたチューハイ(推測)を飲む度に歓声が上がり、曲間にスタッフがそのお代わりを持ってくると拍手が起きた。向井はそのチューハイをステージ上で3杯も飲み、アンコールではサッポロクラシックを片手に出てきた。ひさ子さんは両手で紙パックのお〜いお茶を持っていた。アンコールが終わって会場が明るくなり、ステージの片付けが始まっても拍手は止まなかった。ひさ子さんは捌ける時に僕の目の前でピックをばらまいたのだけど、手を伸ばしたら誰かに取られてしまって、その時変に握られた指がまだ少し痛い。

 

 

Number Girlというバンドを知らない人には、ここまで読んだ時間は無駄だったと思う。Number Girlを聴いていたら、気づいたら俺は夏だった。