雪の降る都市

折角の雪だからと、散歩をした。1年前までは毎日雪道を歩く必要があり、それを思い返して少し懐かしい感覚だった。東京では雪でも傘が必要だ。 足元の雪は重かった。雪予報に期待していた歳頃にとっての雪は、こんな雪だったと思い出す。美しさは至らず、し…

蜻蛉

会社の階段にトンボの死骸が落ちていた。羽が透明だから床に馴染んでいて、いつからあるのかは分からなかった(そして今はトンボの季節ではない)。しばらく見つめてから、そのまま帰った。 カメラをすっかり使わなくなった。わざわざカメラを使って、時間の流…

バランス

なかなか寝付けない夢や、うなされて起きたらまだ夢だった、という夢をよく見る。眠れないことに対する忌避感は自分にとって存外大きいらしい。精神のバランスを崩すとすぐ眠れなくなる。そして自分はバランス感覚がない。 飯に対して、関心が薄い。食べてい…

なぜか今日は

漫然と布団でスマホを触っているだけの時間、教養と体力のない人間になってしまったと思う。探し物はここにはない。広告を見て不快になりたくなければ金を払え、という下品な仕事ばっかりだ。 チバユウスケが亡くなって、そのニュースを見てからずっと呼吸が…

短歌:トワイライト

アフリカのようなかさぶたひん剥いて もう人類はいませんでした 公園のベンチにピック置いたからいつでも弾いてくれていいから 五線譜の中を泳いでボーイングその雲だって雪を降らすよ 君が永久(トワ)?いいえ、わたしは…言いかけて重油が滲みだしてるほくろ…

まどろみ

東京に来てから、ずっと微睡んでいるように感じる。今のところ不満や苦痛はなく、順調に物事は進み、意識はすっきりとしない。すべてのものがショウ・ウィンドウに並んでいて、それを眺めて満足している。 しかし東京には寂しさがない。自分の身体が知覚でき…

境界線

風呂桶の端に左脛をぶつけた。いまだに自分の輪郭がわからないでいる。輪郭というのは自己と不安の境界線のことだ。 太宰の全集を買った。誕生日の一週間後のことだ。太宰で救われる、ギリギリの歳であるように思われた。学生生活の道筋を太宰に見出してから…

緑空

青空が恐いのは僕だけですか。青空はなにもないように見えます、吸いこまれる気がします、見えないけれど大勢の思いのようなものが詰まっている感じがします、それが恐いのです。 青空は僕の色です。だから気を抜くと青空に取り込まれてしまいます。だから機…

短歌連作:青色忌

物心つくまで青が見えなくて砂浜の貝くちにいれてた 新しい居場所の契りこの紙に青年月日を記入しなさい 百幾つ元素はあれど青色の塑像のためにあるものはなし 老いてなほ僕は僕はと言ひたがる青色すべて僕のものでも 芒だけ目を伏せている荒野には青色忌な…

雪の降らない街

やはり母に荷解きを手伝わせるべきではなかった。しかもよりによって、収納にものを詰めていく部分を。 玄関にある照明というのは概して光が弱く、玄関横にある収納の隅々まで照らすには全くもって不十分だ。そうして暗闇になった場所に生活用品が詰め込まれ…

転がる岩、僕には何が

観た映画の本数や、部屋にある本の量や、音楽をずっと聴いていることに対して「すごいね」という反応をされると、ひどく後ろめたさを感じる。それは自分がいかに現実から逃げているかという証拠だから。錠剤を一度にたくさん飲めるという自慢は、薬を必要と…

蝋燭

机で燃やしていた蝋燭が、自ら溶かした蝋に溺れて消えてしまった。蝋燭ではなくキャンドルという名前で売られていたそれは、安物だから芯が短いのだった。それに自分を重ねてしまったことに驚いて、蝋をいくらか捨てて何度か燃やしなおした。 25日にホラー映…

人形

人形が欲しい。それも、等身大ほどではなくとも、100センチくらいあるものが。冷蔵庫と本棚の間に私が座れるほどの隙間があるから、そこに座らせて、段ボールで玉座を作ってあげよう。動物のような食欲と、あたまでっかちの書物との間で、足元に飲みかけのウ…

詩集

詩集を作ると決めた。詩はまだない、しかし決めた。記憶にある年月を隅々まで見渡して、美しいかけらをかき集めてみれば、ひとつくらい形になるだろう。 そんなことを考えてシャワーを浴びると、浴室のライトがいつもよりも眩しく目に入る。詩集を完成させて…

戦争

戦争をしている夢を見た。田舎町で、突撃していったら自分だけはぐれてしまった。ひとりぼっちだけれど、どこからか撃たれるんじゃないかと緊張し続けていた。物陰を見つけて、長い銃身に金属の棒を突っ込んで掃除した。教科書で見た日本兵のような銃を持っ…

研究

外から、ドン、ドンと音がする。はじめは雷かと思った。それか大砲の音かと。しかし、にしては頻度が高いし、祭りの季節でもない。布団を叩くには、叩きすぎだ。遠くの部屋で壁でも叩いているのだろう、なぜ窓のほうから聞こえるかは分からないが、そう思う…

メダカ

祖母の家の玄関に、水槽が出来ていた。ペットはボケ防止に良いだろうと従兄弟が持ってきたらしいが、祖母は全く興味がないようだった。それならもっと張り合いのあるペットにすべきだろうと思う。だが、祖母は僕同様に鳥や猫などは嫌いなようだった。 帰り際…

妄想でバンドをやる

高校の時は自分のバンドが欲しかった。部活ではメンバーが流動的に変わるシステムだったから、共同体としてはやや弱かった。だから、このメンバーなら最強だというバンドメンバーが欲しかった。音楽による全能感を最大にしてみたかった。 結局、バンドは組め…

ピンクの象

*この文章はいつもよりフィクションです。 「ピンクの象って知ってますか?」これが高校の後輩などから発せられていれば学園もののアニメ第一話のようであるが、目の前に座っているのはカウンセラーのおばさまである。大学のメインストリートは新緑に包まれ…

24/7

朝から頭痛がする。毎年、6月は体調が悪い。今日の頭痛は気圧のせいなのか、疲れやストレスのせいなのか、東京と札幌の気温差のせいなのかは分からないけれど、頭痛だと何か書きたくなる。拳を痛む箇所につけると、痛みが色々と話してくれる気がする。 久し…

rhyme

サクレライムが好きだ。さっきまで冷凍庫に4つ入っていて、今はもう3つしかない。サクレレモンが夏のはしゃいでいる時の味だとしたら、サクレライムは新緑の風の中に気だるい温度を感じた時のような夏の予感が詰まった味がして、嬉しい。 初夏の嬉しさなんて…

珈琲

久しぶりにコーヒーを飲んだ。それまでは週3、4回は飲んでいたのだが、先週と先々週は精神的に参ってしまっていて全く飲む気が湧かなかった。誰かが淹れてくれたって、口をつけなかったかもしれない。 課題などを書かねばいけない時、つまり集中せねばならな…

信仰

ようやく桜が咲いた。毎年、桜を見ると湧いてくる感情が今年はなかった。それが桜とは理解していても、すぐには認識出来なかった。 毎日こころに負荷をかけられている。それをどうすることもできず、何時間も布団でじっとする。やるべきことはできないし、趣…

祈り

最近は夢の中でも寝ることが多い。だから夢が何日も続いたりする。目覚めたつもりなのに夢が入れ子状になっていることもある。今日は長い夢をみたから、忘れないように手にメモしておいたら夢だった、目覚めた僕の手にはメモなんて残らなかった。 出そうと思…

疑問

一人暮らしを丸5年やってもわからないこと ・手紙の適切な頻度と熱量 ・パスタを茹でる時の適量 ・自分は何者なのか、という問の想定されうる解 ・スっと眠りにつく方法 ・チョコミントが苦手なのに年1回は買ってしまう理由 ・部屋のベストな状態 ・夜の寂…

車窓

タスクをすべて休止して1週間、電車で旅をしてきた。旅といっても移動距離が長くてほとんどの時間が電車の中だった。寝てばかりいた。車窓は常に雪原だった。線路はガタガタで、シカのため頻繁に減速した。 噴火湾には満月に近い、白い月が浮かんでいた。海…

冬の星空を見ている人を、その首の角度のままナナカマドの木の下まで連れていきたい。美しさは比べるものではないけれど、赤い実が夜空に浮かんでいるように見えるのも知って欲しいから。 お互い美しいと知っているものを確認しあうことは、きっと必要なこと…

喫茶店にて

今年は秋が長かった。つまり、最初に紅葉を眺めてから初雪を浴びるまでの期間がずいぶん長かった。もうすぐ冬だ、という嫌な予感が長すぎてなんだかくたびれた。 先月は友人が来てくれて、一緒に旅行をした。空の広さにたいへん喜んでくれたようだった。自分…

23才の

実家では全員が早起きで、それに従っていたら午前がずいぶん長かった。その長い午前中のほとんどを、僕の賃貸よりも広いリビングで、ベランダに向いたソファーに座って過ごした。そうやって揺れるTシャツやブナの枝なんかを眺めていると憂鬱や不安なんて世界…

副生活

いつからか、煙草を吸う真似をするようになっていた。小学生の時にはもうしていたと思う。家族は吸わないし、当然自分も吸ったことなんてなかったけれど、なぜかそうすると落ち着いた。大きく深呼吸をすると逆に緊張してしまうから、リラックスしたい時にこ…