2021-01-01から1年間の記事一覧

喫茶店にて

今年は秋が長かった。つまり、最初に紅葉を眺めてから初雪を浴びるまでの期間がずいぶん長かった。もうすぐ冬だ、という嫌な予感が長すぎてなんだかくたびれた。 先月は友人が来てくれて、一緒に旅行をした。空の広さにたいへん喜んでくれたようだった。自分…

23才の

実家では全員が早起きで、それに従っていたら午前がずいぶん長かった。その長い午前中のほとんどを、僕の賃貸よりも広いリビングで、ベランダに向いたソファーに座って過ごした。そうやって揺れるTシャツやブナの枝なんかを眺めていると憂鬱や不安なんて世界…

副生活

いつからか、煙草を吸う真似をするようになっていた。小学生の時にはもうしていたと思う。家族は吸わないし、当然自分も吸ったことなんてなかったけれど、なぜかそうすると落ち着いた。大きく深呼吸をすると逆に緊張してしまうから、リラックスしたい時にこ…

散骨

スーパーでそうめんを買って帰る自転車をこぎながら、いつも車に追突された時のことを考えてしまう。夜のアスファルトに投げ出される肩掛けカバンと自分のからだ、そして袋のなかで粉々になったそうめんたち。衝突後の自分ではなくて一瞬で食べられなくなっ…

A Rose For

夢を見ていた。夢というのは実現を目指すべきものではなくて現実の対岸にあるもの。それは例えば廃屋でゾンビを虐殺した後に短歌を詠んだり、知らない人とスカイダイビングをしたり、恋人との死別だったりする。現実のほうも偶には見るのだけれど、偶にしか…

白い雲

4月になった。知らないうちに肩書きが少し変わった。いつも通りに嘘をついた。働くようになった人々の投稿はみんな困惑を隠しているみたいだった。 映画館では2席隣の人が声を出して笑ったり独り言ちたりするものだから没入出来なかった。映画館のマナーとし…

東京

東京の青空が好きだ。札幌の空は何にもないからっぽの空で、綺麗さで言えば札幌の方がきっと空気は澄んでいるのだけれど、自分はもやのかかったような東京の青が好きだ。それはフィルムカメラで撮った青、CDジャケットに描かれていた青、そして自分が育った…

寒桜

東京では寒桜が咲いたらしい。そう書こうと思ってから数日が過ぎた。何ヶ月も雪が続くことを当たり前にした大学4年目の冬も、もう終盤のようだ。 これまでの冬は、雪が音を吸うことで訪れる静かさが苦痛だった。それによって際立つ除雪車の音も。手紙にもブ…

神話

僕の風呂場は、流れが悪い。バスタブから出ていくシャワーの水たちはすぐに遅くなり、すぐ隣にあるユニットバスのトイレ側の排水口から湧き出てくる。トイレ側も当然水浸しになる。パイプユニッシュを流し込んでも一向に水が出ていく速度は変わらず、かとい…