ツーショットが撮れない

さて。遂に夏休みが終了し、気づけば札幌大通りのオータムフェストも終わろうとしている。オータムが終わると何が来るのか?そう、長い冬である。まだそこまで寒くはないものの、もうすぐで紅葉であり、寒い地方はもう1週間くらいで雪が降る。既に沖縄に移住したい。沖縄でのんびりする生活を想像していたら、また台風が直撃して大変みたいだ。あっと驚くタイフー!  進路上の人々は生き延びてください。

 

話は変わるが(このブログではだいたい2段落目で話が変わる)、この冒頭の「さて。」に違和感を覚えなかっただろうか。まあ文章にすると違和感がないかもしれないが、日常生活において会ってから一言目が「さて」の人間はかなり会話が下手だと言わざるを得ない。ドキリとしたあなたは気をつけて欲しい。(ちなみに自分はこの前「さて」から会話を始めてしまった。どれほど会話が続いたかは察して頂きたい。)

 

音声でコミュニケーションをとる人間は(最近では対人用ロボットも)まず出会って初めの一言は挨拶だろう。別に音声でなくとも、手話や手紙でも同じのはずだ。この挨拶が、自分は滅法苦手なのである。日本語には「おはよう」からはじまる数多くの挨拶があるが、自分はその文化的資産を全く利用することができておらず、出会い頭「おう」か「どうも」しか言えない。

 

集合場所などに行って、相手がその場にいる時は一応「おはようございます」か「こんにちは」は言える。問題は廊下などで知り合いとすれ違うシチュエーションだ。知り合いらしき人影を視認した後、どんな行動をとればいいのだ。まず、その人が自分とどれほど親しいのかを早急に定義しなければならない。親しさによって挨拶の種類が変化するからだ。次にどのタイミングで気づいたというアクションをとるか、だ。遠すぎると気づいて貰えないし、逆に近すぎると無視しているように思われるのではないか。相手がいつ自分に気づくかも含めてその距離を計算しなければならない。頑張れ自分。

 

そんなことをゴチャゴチャと考えている時に相手から「おはよう」なんかしれっと言われてしまった時には混乱して「ど、どうも」くらいしか口から出てこない。それまでの難儀な計算はどこへ行ったのか。自分みたいに面倒なことを考えていない(ように見える)人のさらりとした挨拶に毎回羨望の眼差しを向ける日々である。自分のまわりでさらりとしているものなんて梅酒くらいしかない。廊下で女子に挨拶されただけでドキドキしてしまう男子諸君は自分と同じような思考を1度はしているのではないか。

 

このさらりとした自然さが自分には欠如している、と思う。帰省中に友人から「そういえば、話す前に一拍ためる癖あるよね。面白いこと言おうとして考えてるみたいな」と言われて愕然とした。日常会話くらいはさらりとこなしていると信じていたのだが。自分では前からその癖は把握していたが、周りは気にしていないと思っていた。

 

挨拶だけではない。話が盛り上がった時にどこでトイレに行けばいいのかや、遊んでいてどのタイミングでツーショットを撮ろうってなるのかなど。別に友人とツーショットを撮りたいという願望は薄いので後者はあまり困ってないのだが。いわゆる「陽キャ」はこれらのことを流れるようにする。いつそのスキルを身につけたのだろう。弟子入りしてでも教えてもらいたい。

 

 

久しぶりに書いてみたらクソ面白くない文章になってしまった。次からは精進します。あわよくば美人とツーショットを撮るスキルもゲットできますように。