雪の降らない街

やはり母に荷解きを手伝わせるべきではなかった。しかもよりによって、収納にものを詰めていく部分を。

 

玄関にある照明というのは概して光が弱く、玄関横にある収納の隅々まで照らすには全くもって不十分だ。そうして暗闇になった場所に生活用品が詰め込まれた。一旦収まったものを再びやり直すほどの気力はないがその中にあるものは、あるような気がするものしかない。そうして扉を閉めたものが、かつての部屋にも、研究にも、自分の心にも点在している。

 

こうして赤い扉の部屋から青色の扉の部屋に引っ越した。青く存在することは学生のうちで終わりにしようと思っていたけれど、もう少し続けることにした。青いというのは、平等で、未練がましさがなくて、所在がなくて、少し寂しくて、涼しい風で、情けないという色だ。

 

少し古い部屋で、白い浴室の天井にはクラックがいくつも点在している。それを見あげると、雪が降ってきているように錯覚する。それが雪の降らない街へ越してきたことを、強く意識させた。

 

浴室で濡れてから散歩に出る。こんな青空の季節に東京にいるのは、思い出せないくらい久しぶりだった。なにもかも捨ててしまいたくなったのは、青空だけのせいだろうか。吹き上げられた桜の花びらも、青くはなれずに朽ちるのだろうか。