太宰

久しぶりに、太宰を読んだ。太宰は高校時代から好きだ。図書室で受験勉強の合間に本棚を眺めていて、立ち読みした文章にやられてしまって以来好きだ。その日はぼんやりしてしまって、夕日を眺めて帰った。ぼんやりした振りをするのに、夕日は最適だ。沈んだ後の夜は一人で帰るのにぴったりだ。

 

ただ、好きな作者の作品を読みつくしてしまうのが怖くて、少しずつしか読まないようにしている。亡くなった作家には新作は期待できない。ゆえに読んだ作品数はあまり多くない。芥川も梶井も同様に。昔よりも脳の処理能力が低下しているので、一気に読むと処理落ちしそうでもある。最近の本を読む時よりも、ゆっくり読むのが文章のリズムとしてよいように思われる。

 

今日読んだのは「女生徒」という短編である。ある女子生徒の一人称で一日の生活が語られる。こんな薄っぺらい紹介文とは違って、どの段落を切っても名文である。名文だらけなのに話としてまとまっているところに凄味がある。又吉は人間失格を読んで自分のことだと思ったそうだが、僕にはこの女生徒だった。つくづく、教科書に載っていたのがこれではなくて「走れメロス」であって良かったと思う。知り合い全員がこの文章を読んでいて、パロディを作って笑うような環境であったら、きっと我慢できなかったであろう。

 

読んでいて、昔読んだ何かを思い出して本棚を漁った。10分ほどして見つかった。(旧漢字は修正)

 

昆虫あみ / レーモン・ラディゲ

「蝶よ あんたは不人情よ!

昨日からわたし追ひかけてるのに」

途で行き逢った女生徒が

かうつぶやいてをりました。

 

この女生徒と太宰の女生徒が同じに思われたのだ。太宰の女生徒が見た、深夜に洗濯をしながら月に笑いかけた娘さんは、きっと昼間こうつぶやくのだ。そう信じてしまった。

 

いい文章を読むと、勘違いして気どった文章を書いてしまう。サイエンスでは巨人の肩に乗るが、文学では巨人の鼻に上ってしまうみたいだ。

ちなみに上で自分が高校時代で読んだと言ったのは「諸君の位置」

https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/52375_45478.htmlという文章で、「学生諸君!」というアンソロジーに載っていた。だいたい学生向けのアンソロジーなんてつまらないものが主流なのだが、この本はなかなか硬派で良書なので学生ならば読んで欲しい。学生でないなら、ただ悔しがってください。読むことができたなら、震えて寝ましょう。地震計に見つかる前に。