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居場所のなさ、これは自分だけが感じていると思い込みたい。思春期特有の不安定さだとか、みんなが感じていることだとか、信じていたくはない。僕と一緒にいる時に居心地が悪いから、みんな別のコミュニティで楽しんでいるんだなんて中学生ぶりに考えたりもして、僕だけの場所であるはずの自室で隅に追いやられている。

 

Twitterもインスタも自分以外の人が口々に自分に関係ないことを話している。普段は大丈夫なのだけれど、少し自分が弱くなると怖くてたまらなくなる。全校集会の時に生徒がみんな前を向きながら全員独り言を始めたら怖いでしょう、そんな感じだよ。

 

このブログは静かだ。自分しかいない。コメントも来ないし、友人でブログを書いていた人間はすぐ書かなくなった。僕は書かないと息苦しいから書いている。みんなは呼吸に関係ないから書かないのだろう。書いている間は何かしらを遮断できる。物好きな数人が、たまに覗きに来る程度の場所。ここは僕の声が一方通行で響く。銀杏BOYZの峯田は「人間」という曲をやった後、お客さんに対してやってしまったという感情を抱くと言っていたけれど、自分のブログもそれに近いかも知れない。

 

なんでも1人で出来る時代になったお陰で、なんでも1人でやらねばいけなくなった。1人で出来ないことがあれば誰かとやるしかないのだけれど、その誰かはまだ固有名詞として確立されていない。