水面

精神がどうしようもない時、天気が荒れるとなんだか嬉しい。雷の音と光、大袈裟な雨のぶつかる音。普通ではない環境音を聴いて慰められる。理解出来ないくらい日中は暑いから、夜くらい涼しく暗くして欲しい。あと数年は雨でいい。

 

最近、ろくに文章も書けないどころかろくに会話も出来なくなってきた。会話の文脈に沿った言葉が出てこない。思いついた言葉が、流れからズレていると知りつつ発音する。まとまらない意見、合わせてくれる友人には申し訳ないと思っている。

 

文章を作る時、脳内に散らかっている単語や文を文脈というフィルターで集めてきて、それを並び替えて接続詞で連結するイメージでやっている。話す時もそう。でも今は文脈が分からないから、脳内にあるはずの単語も文も回収出来ない。もやもやと、あそこにあるはずだという予測だけがある。予測ではなくて、ただの願望かもしれない。

 

「何かに悩んで、きっと自分にしか気づけないだろうということを気づくのが嬉しいし、その為なら鬱になろうが別にいい」と言ったら信じられないと言われた。僕にとっての世界は全て僕の内面なので、内面に何を見つけるかがかなり上に位置しているのだ。それを見つける時、文脈を作っていった先に見つかることが多いし、他人に伝える時にもその流れがないと伝わらない(伝わるはずだと信じている)。

 

脳のキャパシティの1%も使っていないのではないかと思う。東京の日中は暑いとしか頭に浮かばない。きっと、こんなに遊べるのはもう最後だ。みんな将来のことばかり話す。僕にとっては現在も既に将来の一部なのに。自分が逃げてきたものから、本当は逃げられてなかったのだと思う。誰も、自分の内面には潜ってこない。水面は、ここだよ。