気づけば空ばかり

煙草を吸いに、アパートの入口まで出た。部屋に臭いがつくのを嫌がって、4階分も降りなきゃいけない。今夜は曇っていて、僕は年中何も植わっていない細い花壇に腰掛けた。昨日今日と異様に暖かかったから、2月の夜にしては全然寒くなくて、ロードヒーティングの入った歩道は乾いていた。さっきまで観ていた映画の余韻と共に煙を吸い込んだ。

 

煙草が半分灰になった頃、急に綺麗でもない目の前のアスファルトの道に寝そべりたくなった。素面である。左右に目を向けても、歩行者は見当たらなかった。1本吸い終わってから、そろそろと寝そべった。対して寒くないのが嬉しかった。空に星が見えないのも嬉しかった。人に見られると都合が悪いから、暫く胡座をかいてから立ち上がった。もうすぐ丸3年住んでいるこの建物の前で、道に座ったのも初めてだった。不思議な満足感に覆われて、僕は向かいの道を歩く黒いコートを眺め続けた。

 

屋外で寝そべることが少ないから、毎回新鮮な視点に嬉しくなる。1人で外で寝そべることは、大学生になるとほとんどない。人に見られると怪しまれるし、芝生でも服が汚れることが気にかかる。雪合戦で倒れても、そのまま寝ていたいのに体が冷えるから直ぐ起きないといけない。

 

寝そべれなくても、よく空を眺めながら歩いている。大学は木が多いから、冬に見上げると枝で空が細分化されていて上等な切り絵のように感じられる。今日は切り絵が少し変わったなと思うと、カラスがとまっていたりするのである。街中の、電線で仕切られた空も好きだ。同じものでも見え方は編集次第なのだ。登山でも登頂して嬉しいのはあの足元まで空に囲まれた景色である。登山の楽しさは色々あるけど、山頂はそれが一番嬉しい。

 

さっきまで観ていた映画は、「止められるか、俺たちを」という名前だった。本当に良かったから、見終わった後すぐにもう一度飛ばさず観た。これを観ていると、走り出したくなる。煙草を咥えたくなる。麦茶みたいにウイスキーを飲みたくなる。飲んだくれて、屋上に出たくなる。何かを一緒に成した友人を呼びたくなる。ただ、部屋にいる自分は何も出来ず、ただ水を2杯飲んだ。台所で水道水を。ただ水を2杯飲んで、でも私はなにを見つけたんだろう。寝そべった布団からは、イチゴジャムの付いた白天井しか見えないのだった。